小説

多くの時間

 「ちょっと待って、仕事してるから」と僕はPCの画面を睨んだまま彼女に向かって言った。
 彼女は何も返さず、スマートフォンに視線を戻した。

 仕事。大半の人は、人生の大部分を仕事に使っている。

 仕事とプライベート。ライフワークバランスとかいうけれど、そもそもバランスを取らないといけないのだろうか。それが義務なのだろうか。例えば、プライベート一点集中ではだめなのだろうか。僕の頭はひとつのことを考えるので手一杯だ。

 「ああ。まとまらない」
 「大丈夫?」
 彼女が心配そうに言ったが、無視した。

 別に意図的に無視したわけじゃない。PC画面に表示されているパワーポイントに集中力を使いすぎて返事ができなかったのだ。大事なプレゼンの資料だ。ミスは許されない。絶対に成功させるんだ。

 この資料はなんのために作っている?
 会社のため? 自分のため? 彼女のため?

 僕は彼女と結婚するつもりだ。それは彼女も薄々感じていると思う。

 仕事で成果を上げ、彼女を幸せにするんだ。そう思っている。

 でもときどき考える。仕事を優先させた結果、彼女との時間をとることができなければ、僕の幸せはどこに向かうのだろうか。彼女と過ごす時間よりも、将来の子供と過ごす時間よりも、仕事の時間が長いとしたら……。
 そんなことを考えると絶望する。

 そして、「なんのために生きているのか?」という疑問に行き着く。僕の人生の目的はなにか。

 「ごめんな」

 「なにが?」と彼女は不思議そうに言った。

 僕はうまく説明することができずに、PCの画面に戻った。